前回コーチから質問がありましたね。『変なクセがついてる、変なクセとして自動化されている選手をどうしたらよいのか』ということでした。
もちろん、どのようなクセがついているのかは人によって様々です。何が正しいことで何が悪いことなのかも周りの環境によって違います。
「一般的にってことですよ。野球ならこういうスイングが効率よくて、こういうスイングは無駄があるなど・・・」
たとえば家に入るとき、アメリカでは靴を履いたまま入るのは行儀のよいことです。でも、日本ではそういうわけにはいきません。なんて常識のないヤツだ、と煙たがられてしまいます。アメリカの野球と日本の野球でも違いますね。
「もちろんそれは理解しているつもりです」
『クセ(癖)』とコーチはおっしゃいましたね。実はスキーマにもちょっとしたクセがあります。これからそのクセについてお話していこうと思います。このスキーマのクセが、コーチの疑問の助けとなるかもしれません。
では、はじめましょう。
これは何について書かれているのか当ててみてください。
その手順は全く簡単である。まず、ものをいくつかのグループに分ける。もちろん、ひとまとめでもよいが、それはやらなければならないものの量による。もし設備がないためにどこかよそに行かなければならない場合には、それが次の段階となる。そうでない場合は、準備はかなりよく整ったことになる。重要なことはやりすぎないことである。すなわち、1度に多すぎるよりも少なすぎる方がよい。この重要性はすぐにはわからないかもしれないが、めんどうなことはすぐに起こりやすいのだ。その上失敗は高価なものにつく。最初は、その全体の手順は複雑に思えるかもしれない。しかし、すぐにそれは生活のほんの一面になるであろう。近い将来この仕事の必要性がなくなることは予想しにくいが、誰も何とも言えない。その手順がすべて終わったあとで、ものを再びいくつかのグループに分けて整理する。次にそれらは適当な場所にしまわれる。結局、それらは再び使用され、その全体のサイクルは繰り返されることになる。とにかくも、それは生活の一部である。
「・・・・」
「日常生活での何かの作業・・・・?」
これはみなさんがよく知っていることです。このことに関するスキーマをすでに持っています。なのにこれが何の作業のことを言っているのか分からないのですね。
「だってこんなに小難しい文章で書かれているから・・・」
文章を理解するためには、ただ言葉を読めるだけでは十分ではありません。言葉の辞書的な意味や文法を知っているだけでは、意味を十分に理解することはできません。
わたしたちはスキーマがあるおかげで、文章を理解することができるのでしたね。これは『スクリプト』を説明するときにお話しました。スキーマをもとに推論することができるのです。
文章を理解するためのガイド役として、スキーマが働いてくれるのです。
「ガイドしてくれるっていっても、この文章の理解には何のガイドにもなっていませんよ」
そうですね。そもそも、ガイド役(道案内人)そのものが見つかっていないのですから。
では、答えを言ってしまいましょう。ガイド役を紹介します。
答えは『洗濯』です。
ガイドが見つかった上で、もう一度読み返してみましょう。
その手順は全く簡単である。まず、ものをいくつかのグループに分ける。もちろん、ひとまとめでもよいが、それはやらなければならないものの量による。もし設備がないためにどこかよそに行かなければならない場合には、それが次の段階となる。そうでない場合は、準備はかなりよく整ったことになる。重要なことはやりすぎないことである。すなわち、1度に多すぎるよりも少なすぎる方がよい。この重要性はすぐにはわからないかもしれないが、めんどうなことはすぐに起こりやすいのだ。その上失敗は高価なものにつく。最初は、その全体の手順は複雑に思えるかもしれない。しかし、すぐにそれは生活のほんの一面になるであろう。近い将来この仕事の必要性がなくなることは予想しにくいが、誰も何とも言えない。その手順がすべて終わったあとで、ものを再びいくつかのグループに分けて整理する。次にそれらは適当な場所にしまわれる。結局、それらは再び使用され、その全体のサイクルは繰り返されることになる。とにかくも、それは生活の一部である。
「はいはい、やっと理解できました」
「さっきと同じ文章を読んでいる気がしないです」
今度はうまくガイドしてくれたようですね。答えを知る前は、脳の中から適切なスキーマを検索することができなかったようです。適切なスキーマにアクセスすることができなかった。ですから、合致するスキーマ(洗濯スキーマ)がうまく活性化されなかったわけです。
ガイド役が見つかりさえすれば、全く違う文章のようにすんなりと理解することができましたね。
これは、心理学者であるブランスフォード氏とジョンソン氏が実際に行った実験です。実験では、この文章のタイトルが『洗濯』であると、あらかじめ情報を与えられたグループと、何も情報を与えられなかったグループに分けられました。この2つのグループで文章の理解度を比べてみたわけです。結果はお話するまでもありませんね。
「ガイドがいるのかいないのかでは全然違いますもんね」
しかしこのガイドは、いつも適切に案内してくれるわけではありません。
「新人ガイドって感じ?(笑)」
ちょっと強引なところがあると言えるでしょうか。
こんなおもしろい実験があります。
数名の心理学者が、実験のために精神病院へ潜入しました。もちろんそのままでは病院へ入れてもらえません。そこで、『どこからともなくひとの声が聞こえる』とウソの症状を訴えて、それぞれ別の精神病院へ入院したのです。
これは、ローゼンハン(Rosenhan)がおこなった『偽精神病患者の実験』です。
入院した後は、心理学者たちは正常な振る舞いをしました。そして本当のことを打ち明けます。実は心理学実験のために、わざとウソをついて入院した心理学者なのだと。
この後どうなったと思いますか?
「それはめちゃくちゃ怒られるでしょう!」
怒られて、すぐに退院させられるのが普通だと考えますね。でも、そんなことは起こりませんでした。
約3週間くらい、彼らは退院することがでなかったのです。
「え?どうして?」
彼らの訴えを、医師たちは典型的な妄想の一種だとは診断したためです。心理学実験のために患者のフリをしたということ自体が、妄想だと思われてしまったのです。本当のことをいくら説明してもなかなか信じてもらえない。一度入院した後で、自分たちが病人ではないと信じてもらうことはきわめて困難なことでした。
「ウケますね(笑)」
どうしてこのような結果になってしまったのでしょうか。
それは、ガイドの仕業(しわざ)です。『精神病患者の症状』スキーマが医師たちのガイド役となったためです。
「でも、『なんだウソだったのか』って切り替えることはできないものでしょうか?」
わたしたちはスキーマに照らして世の中を認識しています。スキーマはとても役に立つガイドというわけです。役に立つというよりも、不可欠なと言えるでしょう。わたしたちはスキーマをあらゆる場面で活用しながら生きているのですから。
先ほども言いましたが、このすばらしいガイドはちょっと強引なところがあります。
「強引って?」
自分の専門分野の枠内に留めようとしてしまうのです。
「どういうこと?」
医師たちに働いたのは『精神病患者の症状』スキーマでしたね。スキーマとは、知識の枠組み(まとまり)です。この枠組みがそれぞれのガイドの専門分野となります。
「じゃあ、自分の専門分野以外はしらねーよ!って感じですか?」
ガイドは自分の専門分野の枠組みの中で物事を判断しようとしてしまいます。スキーマのパターン内で生まれる期待に合うように再構成しようとしてしまうのです。
「だからウソだったのかって、簡単に切り替えることができなかったんですね。強引なガイドってそういうことだったんですか」
ちなみにこの実験では、偽患者だとすぐに気づいた(疑った)人たちがいます。誰だと思いますか?
「医者以外の人たち」
そう、周りの患者は偽患者だと気づいていました。医師と周りの患者では、違うガイド役を通して偽患者(心理学者)を見ていたのですから。
「違ったスキーマが働いたんですね。そしてそれぞれのスキーマの枠の中で心理学者を見た」
さて、今回お話したスキーマのクセについては、実は今までもお話してきました。それまでと違い、今みなさんには『スキーマ(について)のスキーマ』があります。そのうえで、もう一度今までの話を読みなおして欲しいと思います。
こちらに今までのお話の記録があります。お渡ししておきましょう。
講義記録→【変化に対応した脳の柔軟さ】
きっと、今回読んでいただいた『洗濯の文章』のように、今ではすんなり理解できるかもしれませんよ。